木々が鬱蒼と生い茂る深い森の中。
そこに、自由気ままな愛の狩人、伊達某が住んでいる。
太い幹が彼のねぐら、星屑の天井に鳥たちの歌。
木の実や動物たちをたらふく食って、湖でくちすすぎ、疲れたら幹で眠る…それが彼の日常。
さて。
いつもは彼を恐れながらも寄ってくるリスなどが、今朝はさっぱり姿を見せぬ。
それもそのはず、ちょっと前にアクシデントがあった。それを、伊達さんは身をもって知った。大地が激しく揺れたのである。
「おのれ…。この私を振り落とすとは…」
見上げた空にねぐらが一つ。
「木の分際で生意気な」
イイエそれは揺れのせい。
さすがに大人げないと思ったか、伊達さんは睨むのを止め、辺りを見回した。
小動物たちは彼より動揺していて、無意味な右往左往をしている。そのうちようやくまともな情報が小鳥からもたらされた。湖へ空から石が落ちたというのだ。
「我ら森の獣にとって大切な湖に、石が落ちただと?何という乱暴な話だ。これはひとつ説教せねばならぬ」
そうして彼は湖にでた。
湖畔には、ひしゃげた何かの残骸が一つ。
とても硬い。おまけに不味い。
残骸の側には死体もあった。身に纏う真っ白で裾の広がった服が、大輪の花のようだった。
伊達さんはピンときた。これはウエディングドレスというやつだ。
頭の方を覗けば、憔悴した様子の美女。しかも息があった。狼たちが寄ってきて、これを食わないテはないというふうに鼻を鳴らす。
「まあ待て。おまえ達、こんな獣を見たことがあるか」
伊達さんは倒れている人間を紹介するようにした。
毛は頭にしか生えてなくて、代りに布を巻いていて、手足は細く、指は鳥のように長い。
「見慣れぬ物を食せばきっと体調をおかしくするぞ。ここは私にまかせておけ」
狼たちは、伊達さんの言うことももっともだと思い、その場を後にした。残されたのは美女と野獣。
伊達さんはさっそくドレスの裾を捲り上げた。
すらりと伸びた足は、ドレス以外の服も着ていたので頑張って脱がした。するとお目当てのものがあった。
しかし、お目当て以外のものまであった。
伊達さんは花嫁の顔を覗いて首を捻った。それに合わせて黄金の髪が揺れた。
「ああそうか。彼女は男なのだ」
納得ゆく答えを見つけた伊達さんは、満足して続きに戻った。
金と権力を行使する伯爵の、結婚の罠に嵌まった羽柴当麻は、最後の最後まで抵抗し、式場を脱出した。
逃亡途中で飛行艇が墜落し、ショックで気を失ったのだが、別のショックで覚醒した。
ものすごく痛い。
「う…」
無理やり開けるその瞳の色は、見事なコバルトブルー。正面に、綺麗な湖があった。朝日を受けてきらきらと輝いている。
よもやここは天国か?という思いを強くできないのは、先程から彼を襲う強烈で現実的な痛みのせいだった。
「い…ってー」
両肘をついて体を起こそうとするがうまくいかない。痛いところ…背後に無理やり頭を向ければ、見たこともない男が間近にいた。
「い…いててて」
当麻の意識が戻ったと知った男が、にこりと微笑んだ。都会でも滅多に見ない美丈夫だった。
だがしかし痛いもんは痛い。
そして、その原因を朧気ながら当麻は悟った。
「おい…テメー何やってる」
「ふむ?」
「首を傾げるな!うわっ、痛てて、動くな馬鹿。畜生、いたいけな青少年に何しやがる。よくもカマ掘ってくれたなぁ!」
せっかくの言葉だったのだが、伊達さんには知らない単語が多くて半分も伝わらなかった。それは伊達さんの罪ではあるまい。
「痛っ、馬鹿、そうじゃないだろ!突っ込む前にもうちょっと嘗めるとかなんとか…いや違う、とにかくどけ!」
伊達さん、花嫁がうるさくてちょっと困った。まだ全然してないのに。
花嫁はひーふー言いながら伊達さんを離れ、お尻を押さえていた。眉を思い切りしかめている。嫌われたのだろうか。
伊達さんはようやくみつけた同族らしき生物に再アタックした。
「『嘗めるとかなんとか』だな?良くわからんがわかった」
「は?」
伊達さんは真面目な獣だった。花嫁さんのいう『馬鹿』とか『畜生』とかわからないが、他ならなんとかなる。何故だか頬を引きつらせている花嫁を捕まえ、そのまま押し倒した。
要するに嘗めればよいのだ。簡単。
「うわーーーーーっ !! 」
都会ではちょいと名の知れた学士、羽柴当麻を襲った衝撃は壮絶。真っ白なドレスに潜り込んだ絶世の美男が、ご奉仕真っ最中。
しかもうまい!
「あーっあーっ、うわーっ」
驚愕と、寒気と怒気と快感。
驚愕と、寒気と快感と快感。
驚愕と、快感と快感と快感。
快感と……。
ぐったり。
「畜生…。骨までしゃぶられた気分だぜ…」
さっきまでずいぶんと気持ちよさそうだった花嫁さんがブツクサ言った。
満足した伊達さんは花嫁さんをねぐらへ連れて行くことにした。夫婦は一緒に暮らすのだ。
見知らぬ土地で頼るものもない羽柴当麻は、とりあえず伊達さんについてゆくことにした
しかし彼はまだ知らなかった。
伊達さんのねぐらというのが、ぴったり体を寄せあっていなければ危険な場所にあるということを。
そして伊達さんが、すみかでも彼と致したいなんて思っていることも。
その後の当麻さんの行方を知るものはない。
おわる。