1993年 12月29日 「ひまならダンス」懸賞賞品本より
(龍と仙人設定は他にもありますが、今回はこれ1作品のみの設定です。他のシリーズの龍と仙人とはなんの関係もありません)
どこかの次元の龍の谷。
人間界から紛れ込んだ仙人のトウマと、人の姿を取ってトウマと暮らす龍のセイジが住んでいた…。
「あれ?変だな、確かここに…」
トウマは、かまどの周りやテーブルの下、幾つもあるカメの中を覗いてみたりした。
そんなトウマの様子を、キセルを噛みながらセイジが見ている。
トウマは、長い青い髪をしていた。
目の色も、青かった。
昔は黒かったのだが、仙術の修行をするうち色素が変化してしまったのだという。
「あれえ、変だな。おい、セイジ。ここにあったパスタの束、知らないか?」
振り返って、トウマがセイジを見た。
トウマが見たセイジは、相変わらずの真っ白な上級仙人服に身を包み、ぷかりと煙管をくわえていた。細そうに見えるが実はそうでもない固い長い指に、山岳模様が掘り込まれた煙管を挟み、切れ長の怪しい紫の目玉で、楽しそうにこちらを見ている。ニヤニヤ、笑っているといってもいい。
「セ・イ・ジ !! 聞いてるのか!」
トウマは腰に手を当てて、石椅子に足を組んで腰掛けている龍の前に立った。龍は、眉をぴくりと動かして、目玉だけでトウマを見上げた。
「どうした?」
動いたのは目と唇だけ。ゆっくり煙と戯れている。
「俺のパスタ、どこやったか知らないかって聞いたんだ」
対抗するように、トウマは目線だけしか下に持っていかない。それがわかるだけに、セイジはしばらく睨み合いにもちこんだ。
龍の目は鱗と同じような色であることがほとんどなのに、セイジは例外のようだ。目は紫をしている。おまけに、切れ上がった瞳の鋭さは、どう隠したところで人のものではない。人の姿を維持しているわりには、妙なところで龍であることを主張するのだ。セイジという成龍は。
それほどの威力を感じさせる、目玉だった。
トウマは、まけじと紫を睨んで睨んで睨みつけた。だがいかんせん、人間である。
仙人であっても、もとは人間なのである。龍に適うはずなどないのだ。
「〜〜〜」
諦めて、トウマが顔を逸らした。勝敗は初めからわかっている。それでも怒りは静まるものでもない。
「もういいっ。自分で探す!」
意地の悪い龍を放って、トウマは再び食料棚や道具棚のところに戻っていった。
「トウマは、短気だな」
片目をつぶって、龍が囁いた。トウマは仙人なので、そんな小さい声もきちんと聞こえた。
「龍に比べりゃあらゆるイキモンは短気だよ」
誤解のないよう断っておくが、トウマはセイジを嫌いではない。むしろ、自分以外に人間がいない龍の谷においては、貴重な「話し友達」だと思っている。
トウマが次元の裂け目に落ちて龍の谷に来てしまったのは、かれこれ二十年ほど昔の話だ。人間界にも帰れず、かといって死ぬことも容易にはできない仙人のトウマを、慰めてあやして、絶望の縁から救ってくれた、貴重な「話し友達」である。
あの日から、龍であったセイジは人の姿を取り、ずっとトウマと暮らしている。
そんなセイジを、嫌いになれるはずもない。
「探し物か」
ようやく納得いったかのように、セイジが呟いた。
トウマは「さっきからそう言ってるだろう !? 」と怒鳴りたいのを堪えて、行方不明のパスタの束を探した。
龍の谷ではそうそうすることもない。
だからトウマは畑をつくり、蕎麦やうどんを栽培していた。和風にもそろそろ飽きてきたので、最近になって挑戦しようと思ったのがパスタである。肉が手に入らないからミートソースは無理だが、山菜スープと合わせることはできる。
蕎麦やうどんはセイジの口にもあったようだが、パスタはどうだろうか。セイジがそれを口にすることを想像すると楽しかった。だからトウマは、一年かけて田を耕し肥料をやり、粉を引き、練り、寝かせ、頑張ってきたのだ。そして今日、ようやく仕上がった「スパゲッティ1号」を、一緒に食べようと思っていた。
ところが肝心の1号用束が忽然と姿を消したのである。おまけに、龍に探し物を手伝う気もないらしい。
「そーゆーヤツだよな、てめーは」
自然に溜め息が出てしまう。
二十年一緒にいても、どうにも慣れない。
諦め切ったように作業をしているトウマの後ろ姿を、龍は暫くながめていた。それから煙管を口から外す。すると、じゅ、と音を立てて火が消えた。そのまま指を外せば、煙管はひとりでにテーブルに向かい、音もなく着地した。
セイジが組んだ足を直し、席を立つと、トウマより幾分背が高いのがわかる。
薄物の衣装の上に、大きな厚手の布をまとっているが、立派な体躯であることは一目で知れた。白茶に近い金髪が、ほんのすこし揺れる。
まるで、龍の周りだけ時間の流れが異なるように、彼の歩みはひどくゆったりとしたものだった。引き摺っている筈の布も、決して汚れたりはしない。龍の谷のものは、まるで全て龍の意のままになるように。
ここは、彼の世界なのだ。
「どこか別の場所にしまったのかなぁ。それとも蕎麦に混じったか」
保管箱の蓋を開けて中を覗いてみても、それらしい姿はない…そのとたん、トウマはぎょっとした。
しっとりとまとわりつくように、セイジの手が背から、体の線をなぞって周り込んできたからだ。
「セ…」
トウマが蓋を持ったまま硬直してる間に、セイジの手はトウマの胴を後ろから包み込んだ。その動作もまた、ひどくゆったりとしたものなのだけれど、トウマはいつも、逃げる機会を無くしてしまうのだった。
「セイジ…ちょっと、たんま」
言ってはみたけれど、無駄だということは経験でわかっている。気配すら感じさせずトウマに接触した龍は、彼の胴に回した腕を一瞬たりとも肌から離さず片腕を顎に持っていき、残った手で腰を引き寄せた。そうすると、もともと細身のトウマは、セイジと、その翼のような布に身を包まれて、動きが取れなくなってしまう。
背中にぴったりと、セイジが重なっている。けれど決してそれは…不快ではないのだ。トウマが初めてこの世界に来た日から、セイジはまるでたまごを温めるようにトウマを温める。腕の中でなんども息を吹き掛ける。
トウマはそれに命を助けられて、今に至っているのだ。
「セイジ」
トウマがほんのすこし頭を傾けると、間近に秀麗な龍の顔があった。目が合うと、龍がトウマに頬におのれのそれを押しつける。トウマよりも、少しだけ体温が高いのは、トウマが暖かさを求めることを知って、セイジが自分で自分の体を調節したためだ。
「セイジ…、今とりこみ中なんだぞ、待ってろよ」
蓋でかまどを叩いて注意を逸らそうとしてみたが、龍にはそんな音も、トウマの言葉も、聞こえてはいないらしい。
舌が、トウマの耳の後ろをつつき始めた。息を飲むトウマの体を絡めとるように、腕はゆっくりと体の線をなぞり始めていた。
「セイジ…ダメだって、言ったろ」
ただでさえ、彼の腕のなかは心地好いのだ。仙人は人としての欲に溺れることを禁じられている。それがどうでもよくなってしまうほど、セイジという存在はトウマにとって大きなものになっていた。
心と…トウマに良くあろうとセイジが画策したがゆえに体が、セイジを何ものにも代えがたいものとして覚えてしまったのである。
「セイ…」
床に落とすよりはマシと、トウマは持っていた蓋をどうにか棚の上に置いた。とても保管箱に蓋出来る状態ではなかったのだ。
セイジの片腕が体を支え、片腕があちらこちらさまようだけで、トウマの息は簡単に上がってしまう。水が入り込めない場所などないように、セイジのてのひらはトウマの何処をも撫でていった。
「セイジ…あっち行こ」
立ったままぬるま湯のような愛撫に何時までも耐えられるわけがない。
トウマは自分から場所移動を口にした。しなければ、この呑気な龍は、いつまでだってこれをやめない。姿形は完璧なまでに人型なのに、中身はそうもいかないのだ。龍ではわからないタイミングを、仕方ないから当麻は自分で教えてやる。
栽培した綿や、獣の皮、藁や木の幹を細工してつくったトウマの寝床は、セイジの希望もあって広いものだった。トウマが畑仕事で疲れたときはもちろんのこと、ふと人間界を思い出してせつなくなったときも、二人でここに眠る。セイジはここで、トウマにこまこまと問い掛けたり、髪を撫でたりする。 時として、今のように、肌を触れ合うことさえも。
それはトウマにとってもはや禁忌ではなく。
「う…」
トウマの、すっかり衣服を取り除かれ、晒された胸に、金の髪が滑る。それだけなら、くすぐったくて笑っていただろう。けれど、それを許さないように、セイジの舌がひらめいていた。
弾力を確かめるように、人型の龍が肌をなぞる。どうしてだかトウマの体は逃げようとするので、いつも、捕まえた胴は離せない。
「セイジ…」
まるで細胞のひとつひとつに話しかけるように、まるで毛繕いでもしているように、セイジは無言のままトウマの肌を探ってゆく。時に頬をあててみたり、皮膚の下の、筋肉の流れを確かめるように指を滑らせてみたり。それから、あまり厚いとも言えぬ胸板をしばらく撫でて、今度は、ぷちんとたった小さな飾りを弄び始めた。トウマの胸に頭を預けたまま、セイジはそうする。
「……」
指でつつくと、それは、さっきよりも堅くなっている。セイジは、色付いたその回りをくるりとなぞり、それから、頭を撫でるときと同じように、指の腹で撫でた。
「…っ」
トウマが小さな悲鳴を上げるのはいつものことだ。
セイジは不思議なものを観察するように、指の腹や、爪や、掌でそれを弄ってみる。さらに、舌で触った。
「あ…」
トウマが身を堅くするけれど、それもいつものことだから、セイジはかまわず、軽く口に含んでしまった。口の中で、存在を主張しているそれに、丁寧に挨拶するように嘗めてやると、トウマの体が跳ねる。それを逃がさないように押さえ込んで、龍は続けた。
続けながら。
「トウマ、…おまえのこれは、乳もでないのに何故乳首というのだ?」
突然、龍は言った。
これが、普段のときだったら頭の一つも殴れるものを…、トウマは、答えようもない。
「トウマ?どうした」
返事が無いのでセイジが面をあげると、彼は何やら必死で歯を食いしばっている。
「トウマ…?……感じるのも良いが、聞いたことには答えて欲しい」
愛撫が止まったことで、トウマは顔を押さえた手ごと、セイジの視界から逃げるように身を捻ろうとした。
「……馬鹿。そんなコトいちいち聞くなよ。知らないよ」
トウマは、本当にそれどころではないのだ。セイジのこののんびりとした…けれど的は外さない愛撫は、体を簡単に舞い上がらせる。
「しかし…気になる」
「じゃあ今度どこかで調べてこいよ!俺は知らない!」
言い捨てられて、セイジは仕方なしと軽く笑った。そして頭をぽんぽんと叩く。叩いて、その頬に掌をあてた。
「我が儘だな、この仙人は」
額に唇を寄せると、トウマが体の力を抜く。
「俺が我が儘なんじゃないぞ。我が儘なの、お前だぞ」
セイジは答えなかった。変わりにトウマの唇を舌でつつく。湿らせるようにラインをなぞる。額を寄せ、もう一度手のひらで肌に触れる。
ゆっくり、抱き締める。
どくん…と、心臓が脈打つ。トウマの心臓に、セイジの心臓の音が響いた。トウマはそれを重ね合わせるようにセイジの胴に腕を回す。ぬくもりが直に伝わってきた。
「セイジ…あったかいなぁ」
すべてを包み込むような安堵がそこにある。
「そうか」
セイジはもう一度額に唇を寄せてから、その唇を徐々に下へずらしていった。鼻の頭や唇、胸元を滑り、そのままさらに下へ行く。
下へ、下へ、戯れのように、当たり前のように。
「暖かいか?」
「熱………い…」
セイジが触れた部分から広がる熱が、たまって解放されたがる。トウマの指がセイジの金の髪に潜り込んで、どうにかしてくれと訴えた。
「素直だな」
セイジは両手で、トウマの熱の根源を抱き締めた。包んで、隠してしまうように。
「や…」
それから、宥めるように何度も何度も撫でてやる。トウマの激しくなる息遣いとか、震える足とか、金糸を引く指などまるで眼中にないように。
「…っかやろう…。こっちは限界だ…!」
理解はしていても、やはり龍のペースにつきあわされるのはたまらない。怒りと羞恥に拳を震わせて、トウマは次を促した。そして、今気がついたとばかりにようやく、龍はトウマを解放してくれたのである……。
それから。
「ん……く…」
苦しいような、快いような。
そうされるたび、冷静に考えてみようとして、トウマはいつも失敗する。打ち寄せる波のように、セイジからの交信は続くから。
「あ…あ…セ…」
初めは痛くて、あとで百倍にして返してやろうと決意するほど痛くてどうしようもないのだけど、そのうちちっぽけな事実になりさがる。
体の中の現実。
「トウマ」
腕の中でわななく彼の名を、セイジは呼んでやる。まともな返事など返ってきたためしは無いけれど、コミュニケーションは何も言葉だけでするものではない。熱に浮かされたように、目を閉じたままセイジにしがみつこうとするその手や、しっとりと浮かぶ汗や、触れ合わせた肌がすべて想いを表している。
「セイジ…!」
何度揺られて、溺れそうになって、櫂に掬われ、流れるか。
「ああ…っ」
気の遠くなるような時間を、セイジはもたらす。そうしてそれで、トウマをくるんでしまうまで……。
腕の中でまどろむトウマに、思い出したようにセイジは言った。
「トウマ、おまえがさっき探していたパスタというのは、竹ひごのかたまりのような物のことか?」
「ん……ええ?」
「珍しかったので口に入れてみたが、堅くてあまりうまくなかった。もう作るな」
トウマは頬を引きつらせて、セイジの髪を引っ張った。
「食ったのか!意地汚い奴。あれは茹でて食うの。今度は美味いから、つきあえよ」
言って、トウマはセイジの懐にもぐりこむ。
一番良い位置は、ずっと、これからもトウマの場所だ。
セイジはそんなトウマの肩を抱いて、布を掛けてやった。
トウマは、セイジが見つけた大事なたまごだったから。
おわり。